So-net無料ブログ作成
検索選択
前の30件 | -

未来の遊園地 [日記]

かわいい絨毯、おしゃれなデスク、数々のアートがあるオフィス
そんなところで約2時間、貴重な時間を過ごさせていただきました。

物事への追求具合がまだまだだなと思わせてくれる、なかなかこんな機会はないなと。

大船渡を未来都市、アート都市にするために動きたいと思います。

誰も見たことがない、ワクワクする世界へ。
nice!(1)  コメント(0) 

地方行政の役割 [日記]

今日は良い行政の仕事を見せてもらいました。中高生に考えさせるワークショップ。一つだけ言わせてもらいうと、ファシリテーターがもうちょっと良ければもっと良かったなと。そういうところに行政の甘さが出るのですが…。言いたいことは一つ、役割分担です。行政の人間は決してその道のプロではないです。なので、そこを外の人に任せる事ができるのであればもっと良くなると思う。特に地方はできる人が限られているので、いつも同じ人がやっているのですが、その振り方がホントに雑。中途半端にふらないでもっと権限を与えてやらせればいいのではないかなと思います。つまりマネジメントが出来る人を育てればその町はうまくいくと思うのです。結局、やるのは民間なのでそこをマネジメントする脳力が行政職員にあればある程度はうまくいくかなと。その先はまた違いますが。。。地元に戻って、いろいろやってますが、そこは任せてもらってもいいと思います。それよりもっとやってほしいことがたくさんあります。「役割分担」。ゼロから考えてほしいものです。将来のために。
nice!(1)  コメント(0) 

CERO [仕事]

2.14、Three Peaks Winery初のワインお披露目会を行いました。ここは大船渡?という感じの雰囲気をつくれたと思います。それくらいいろんな方々にきていただき感謝です。

「CERO」という名前で出したワインは、0からの挑戦、0から創る、0からつくれる人を育てるといった意味が込められています。まだワインの方向性は決めきれていないのですがー今決めきれるほど知識はない…ー今後どの方向性が世界につながるのかを見定めてワイン作りをしていきたいと思います。

そしてワインを作るよりも大きな目的を達成することが僕のミッションなので、そのコンテンツとしてのワインの魅力を高める、その繋がりを創ることを考えていきたいです。

最近、日本ワインの愛好家や生産者と話していると、日本ワインにこだわるばかりとてもニッチな方向に走っている気がします。確かに国内で作ったぶどうを使って醸造すること、亜硫酸塩の添加、農薬の使用などいろいろとこだわりがあると思いますが、そもそも日本のワイン市場はそのレベルの議論をするくらいには至っていないと思います。まだまだ市場を作ることを考えていくことが大事で、国産ワインということも同時に進める必要はあると思いますが、偏って行くことは非常に危険ではないかなと感じます。美味しいワインがあるのは間違いないのですが、世界にでていけるほどかというとそうでもない、そして日本の市場はいずれ衰退する、人口減、酒離れがあるので…、そう考えるとまずは文化を創ること、それなしに日本ワインの未来はとても厳しいのかなと。一気に世界にいけば別ですが。。。

ワイン業界というより、農家なのかもしれませんが、そういったマクロな視点で見れる人が少ないのかもしれません。なにが大事なのか。ワインをより多くの人に飲んでもらう、その中で日本ワインを飲んで貰う人を増やす、そういった流れが必要なのかなと。国内外問わず。飛び級はできないと思うので、この小さなブームを大事に、慎重に進めるべきかなと思います。

そのためにも結果をだして、世界とつなげ、文化を創る動きをより大きくしながらワイン造りをしていきたいと思います。
nice!(0)  コメント(0) 

DX妖怪ウォッチ [日記]

今日は娘との賭けに負けたので約束通り「DX妖怪ウォッチ」を買ってきた。なかなか運の強い娘だ。これで二人で妖怪探査ができるようになった。

さて、先週は久しぶりに週4日飲み会という、都内で働いていたら普通だったけどこちらではめずらしい週だった。おかげさまで若干体調が悪いのだが、まぁ都内で働いていた時はよく毎日飲んでも普通に仕事ができたものだと思う。最近読んでる本にも書いているが、やはり環境が人を変えるし、支えるし、よくも悪くも環境の与える影響は大きいのだろう。「妖怪のせい」のように「環境のせい」はよくないけど、良い方向に動けば地方も活性化できるのかもしれない。確かにそういう環境をつくろうとしている人は地方には少ない。ほぼいないと言っていい。正確には変えようとしたのかもしれないがあきらめてしまった人が若干いると思うが、それも含めてほぼいないのだろう。確かに、まさに今から変えようとしているが何度もあきらめそうになるのでできない理由もわからなくはない。あとは信念だろう。そして変えていくにはやはり企業の力が必要だと感じる。世界中、どこを探しても行政が町を作って成功している事例はないと言われているがその通りだと思うし、行政が悪いわけではなく、それは行政の仕事ではないのだ。地方の人間の悪いところの1つがこれを理解していないところだ。すべて「行政のせい」、何かできないと行政が悪い、行政は何もしてくれない、となる。確かに行政が何かをしてくれたほうがやりやすくなる場合もあるが、そもそも自分でやりたい事をやっているのに行政は関係ない。行政を妖怪にしてはいけない。企業の力だが、震災後も何度か話しに出たコールセンターや工場誘致。これらは一時的な雇用を生むかもしれないが長期的な町の発展には繋がらない。いくつか理由があるがどうしても賃金の安い方に流れるのは止められないからだ。やはりクリエイティブな仕事、そこでないとアイディアが生まれない仕事、環境をつくることができればーこれが難しいのだがー、可能性はあると思う。すぐに出来るわけではないが目指す方向を決め、その企業やグループを中心に全体で動いていくことが大事だと思う。
nice!(0)  コメント(0) 

残念な夫。 [パパ&育児]

2012.11.18から2年2ヶ月ぶりの更新です。

ワインができました。

今ここにはまだないけど、瓶詰めして、ラベルの印刷を待つのみです。

此処から始まる。

やっと始まります、さらに楽しい道のりが。


さて、題名の意味ですが、たまたま見てたドラマがちょっとうちと似てて、育児方針とかね。

あー!残念な夫なのかもしれない。。。

全部やる!
nice!(1)  コメント(0) 

大船渡ワイナリー計画 [日記]

久しぶりに記事を書いてみようと思います。

さて、題名にもあるようにそろそろ大船渡ワイナリー計画を始動しようと思います。
大船渡にワイナリーを作りたいと思ってから7年。震災でダメかなと思ったけど、逆に人との出会いが増え一気に進みました。このタイミングを逃したらもう二度と出来ないと思います。

あと約半年で準備をし、4月からは本格的にスタートします。

経験も何もない世界だけど、何事も一番初めにやった人がいるはず。それに比べたらなんてことはないんじゃないかと思ったり、大丈夫かな〜と思ったりの繰り返しです。。。

身軽に生きてきたつもりだけど、腹をくくるには捨てるものが多いな…。
nice!(0)  コメント(0) 

被災地復興 [日記]

先日、地元岩手新聞1か月分を一気に読んでみました。

3.11に向けてこの1年間どんなことが起きたか、そして忘れないために、風化させないためにどうしていくべきなのか。そして、3.11以降は「沿岸部の復興はこうなる」といった復興計画が目立ちます。

その復興計画。
住居は高台に移転して、堤防を作って、市民の津波への意識がなくならないようにと。まずは住民の命が一番大事です。うちもチリ地震後、高台に家を立て、今回は津波の被害はありませんでした。

そして浸水地域には商業施設、工場を作るのでしょう。

津波がくる以前と変わったのは住宅が高台に移転すること、堤防の高さ、商業地の盛土、新たな産業の誘致などといったところでしょうか。

そして町には普通に昔みたいな商店街ができ、工場が戻り、駅ができたり飲食店ができたりするのでしょう。


さて、ここに将来、子どもたちは戻ってくるのでしょうか?


津波の被害があった地域は北から南まで同じような町ができ、それも昔とそんなに変わらない町並みが続くだけ。復興したばかりはキレイに見えるかもしれない。でも10年もしたらシャッター商店街と化するのはわかっていることではないでしょうか。

何もなくなったからこそできることって他にたくさんあるんじゃないかなと思います。

たとえば、
この町はフランスの田舎町みたいで隣の町はアジアリゾート地みたいとか。山を一つ超えただけで全く違う世界が広がっているなんてこともできちゃう。

僕はワイナリーを作りたいから山の斜面をぶどう畑にして、町の真ん中に小さなスタジアムを作って、そこで週末は子どもたちのサッカーを見ながらワインを飲む、そんなことができる町を作りたい。

世界にはいろんな町があるからいいところを参考にして、もちろんその町のいいところ、地元の人のアイディアも取り入れて、現実的じゃなくてもまずは楽しくブレストしてもいいんじゃないかな?

子どもが将来住みたいと思う町は、住んでいる大人が楽しそうにそこで暮らしている町だと思うよ。

このまま同じような町が作られていくのはちょっと悲しいです。

安全面が最優先なのはわかるけど、津波は意識の問題。いくら堤防や高台でもどこでくるかわからないからね。
nice!(0)  コメント(0) 

2012年2月10日 [日記]

記念すべき日。

このブログの題「志だけは高く」というのは、ソフトバンク社長孫正義氏の「志高く」を、ちょっとおこがましいので、「だけは」を追加して命名しました。

それくらい孫正義氏の生き方を参考にしてきましたが、本日、遂に本人と対面しました。

セミナーでは見ていたのですが、議論できる場にいけたこと、ソフトバンクの社長室の会議室にいけたことは貴重な経験でした。

あの場の緊張感は高校時代のサッカー部の監督と対面する次に緊張する空気でした。

そう考えると、高校時代のサッカー部の監督の存在は僕にとって日本で一番ですね。

さて、次は自分で何かする番だな。

そして対等の立場で話ができるまで…、行こう。
nice!(0)  コメント(0) 

志高く [日記]

今年で8年目を迎えたこのブログですが、Facebook、twitterの出現で、更新頻度が著しく減っております。。。

さて、このブログの題名でもあります「志だけは高く」ですが、実はある経営者の本の題名からとってます。

その経営者は今でも第一線で日本を引っ張っており、とても偉大な存在です。

そんな方に再来週、会うことになりました。

志だけで生きてきた人生で、まさか会えるとは思ってもいませんでした。

どうしましょ。

何を話せばいいのでしょうか。

とちょっとは考えているけど、何だか近くなると微妙な感じがしています。

今年は年末年始がないようなもので、やっと落ち着いた感がありますが、2月1日のリリースまで気を引き締めてがんばろー

そのあとは、ゆっくりじっくり被災地をまわろうと思っています。

ぜひ、被災地で飲みましょう。
nice!(0)  コメント(0) 

気がつくと今年もあと3週間 [日記]

大変ご無沙汰しておりました。
以前の記事が8月なので、4ヶ月…、これまでこんなにサボったことはなかったのですが、今年は怒涛の1年でした。

出雲の会社を2ヶ月で辞め、東京に戻って復興支援をやろうと決めて新しい会社で働き始めてからもうすぐ4ヶ月。休む隙がないくらい東北の復興のことを考えてきました。

おかげで身体はぼろぼろです。

昨日、久しぶりに高校のサッカー部の仲間と飲み、仕事というか震災を忘れることが出来た気がします。

奨学金制度を立ち上げ、募集も終わり、後は選定。あと数ヶ月はこの忙しさが続くと思われますが、それが終わったらどうしようかな?と最近考えるようになりました。

以前から大船渡でワイナリーをやりたいと思っていて、それをやるか、まだ復興支援をやるか、同時進行でいくのかなど真剣に考えている余裕はないけど、早くやりたいことをやりたいのでこのまま走り続けるのでしょう。

常にこれでいいのかと自問することが大事かなと。
そして考えているだけじゃなく動かなければ何も始まらないしね。

32歳、そういうとしなんだな。

30代にしておきたい17のこと (だいわ文庫)


あと3週間、今年も家族みんなが無事に年を越せることがなにより幸せなこと。

来年はブログもサボらず書いていきたいと思います。
言い訳するとFacebookとtwitterに逃げてました。
nice!(0)  コメント(0) 

山陰地方の最後の旅 [日記]

決心をしたので、土日は旅に出ました。

IMG_0713.jpg午前中、会社に顔を出してから思いついたので、とりあえずレンタカーを借りて、13時くらいに出雲を出発。まずは世界遺産「石見銀山」へ。


山の中に素敵な街並みがあり、その奥に鉱山があったそうですが、時間の都合上、ちょっとしか見れませんでした。ここはまた来たいところです。ただ世界遺産に登録されている観光地としてはちょっと不便。自然を守る、建物を保護することが目的だとしても中尊寺や京都などと比べると行くのは大変です。

その後広島へ。けいじの実家で夕飯を頂きました!相変わらずお母さんは楽しい人で、おれに変わってる人だね~と言っておりますが、お母さんも十分変わってますよ。
また突然伺います。


IMG_0720.jpg次の日の朝、8時くらいにけいじ宅を出て、松江へ。

途中、道の駅でダチョウのお肉を食べ、松江城についたのがお昼頃。松江城は駐車場が少ない!せっかくいいものがあるのに残念ですね。街に入ったときになんとなく松本を思い出しました。ちょっと雰囲気が似ているのかも。素敵な街で城だけじゃなく街を歩くだけでも十分楽しめるところだと思います。


次は境港へ。初の鳥取県。
日本全国いろいろなところに行ったけど、島根と鳥取は行ったことがなく、最後になるのでせっかくだから鳥取も行きたいと思っていました。



IMG_0774.jpg境港と言えば、ゲゲゲの鬼太郎。ということで水木しげるロードに行ってきました。結構長い商店街に妖怪がたくさんいます。子供を連れて来たらもっと楽しい場所なんだと思いますね。おれは好きですね、水木しげるロード。限りある資源を最大限に活かしてあれだけの人を呼ぶことができている。



もっとのんびり散歩しながら見たかったんだけど、歩いている時にワイナリーに行くことを思いついてしまったので、一通り見て歩き、奥出雲ワイナリーへ。


IMG_0783.jpg行く途中の山の中でおじさんがフラフラと道路へ…。どうやら熱中症らしく、救急車を呼ぼうか?と声をかけたら大丈夫とのこと。他にもおじさんたちがいたしおじさんたちも携帯を持っていたので、飲みかけのポカリスエットを渡してワイナリーに向かいました。




IMG_0779.jpg奥出雲ワイナリーは山中にあるまだまだ小さなワイナリーでした。工場の見学はできませんが、地下の樽は見ることができます。小さなレストランも併設されており、休日にランチを食べに行くのはいいと思います。ワインの年間生産量は約4万本。ワインのほかにもドレッシングはちみつチーズなどが売店で売られていました。

ワインはソーヴィニヨン・ブランの白ワインを購入して飲んだのですが、味は…、私の好みではなかったですね。これからどんどんおいしいワインが作られていくと思いますので期待して待ちたいと思います。

IMG_0781.jpg
山陰地方はとても不便なところで三陸と似ているような感じです。陸の孤島。人生であと1回訪れる機会があるかないか…。2か月という短い時間だったけどいい出会いもあったので良かった。これで引っ越しは何回目かな?12?13?さて次はどの地域、どの国に行くのでしょうね。

nice!(0)  コメント(0) 

神様の国、出雲 [日記]

出雲は神様の国だそうですが、そもそも神様とはなんでしょうか。

神話や伝説や経典に登場する憧れや尊敬や信仰の対象となる存在、人知を超えた絶対的存在(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教など)、アニミズム的発想で自然界の万物を擬人化(神格化)した存在、神社に祭られている生前優れた業績で名を馳せた人物や祖先、天皇への尊称、優れた能力を発揮する人物、非常にありがたい人やものといった、様々な概念に用いられる。(Wikipediaより)

とありました。

んー?

いろいろですね。

出雲は伝説と神話の国と言われているので、伝説や神話に出てくる人だったりなにかを信仰の対象としているのでしょうか。九州四国もそういった神話が多い気がします。キリスト教も西のほうから伝わったので、そういう文化が多いのかもしれません。


僕は東北で生まれ育ったので何となく不思議な感覚ですね。

逆に東北は神様より先祖を崇拝する文化だと思います。僕も小さいころから「ご先祖様に手を合わせなさい」、「ご先祖様に恥じないように…」などと言われて育ってきました。お祭りもご先祖様の供養という意味が強い気がします。

日本でも違いを感じるので世界はホントにいろんな違いがあるのでしょう。

先日、マレーシアに行ったとき、全身真っ黒で目だけ出している女性がたくさんいました。
あれはイスラム教ですかね。夜、突然出会うとちょっとドキッとしますが、空港の税関とかは下からめくって顔を確認してました。

出雲大社はいつできたのだろうと思って調べてみたのですが、前4年とあったので相当古いのだと思います。でもその割に町のつくりが出雲大社を中心に作られているわけでもなく、不思議な感じです。ネットで見ているとスサノオとかなんとかとかカタカナの神様がたくさん出てきて、ちょっとめんどくさいのでやめました。

なので、あまりよくわかりません。

なので、明日あたり行ってこようかと思います。
nice!(0)  コメント(0) 

4泊5日のシンガポール、マレーシア出張 [仕事]

今回は4泊5日でシンガポールとマレーシアに出張に行ってきましたー!

出張といってもまだ事業を探しているため、情報収集が主な仕事。以前勤めていた会社がグローバルな会社だったため、そこのネットワークで人を紹介してもらったり、上司の知り合いに案内してもらったり、twitterで知り合った人と会ったり、バーで知り合いになったりと今回も様々な出会いがありました。

午前中にシンガポールでミーティング、午後はマレーシアに移動してミーティング、夜は会食と前半はバタバタと過ぎ、シンガポールに戻ってからはちょっとのんびりしようかと思ったけど、やっぱり動いてしまった…。せっかく来たしね。

以前勤めていた会社の現地法人の方々はとても優秀な方ばかりで、日本のそれとは全然違ってたよ。前の会社にいるときにこういうことをしたかったなぁ。

Twitterで知り合った方はなんと嫁と同じ浦和出身でもう20年もシンガポールに住んでいるらしい。優しそうな顔をしたとてもきれいな方で、僕のつまらない質問にも丁寧に答えてくれて、たくさんシンガポールのことを話してくれました。ありがとうございました!
またいつか会えるといいな~

そして最後はいつも通り一人でバーのカウンターで飲んでいた時に声をかけ、結局2時間くらい二人で話しをしてしまったChakです。彼はマレーシア人でとてもいい人だった~またシンガポールに行ったときに会うことにしました。

やっぱりお酒を飲めるのと英語が話せるっていいね。おれはお酒だけだけど…。

それにしても泊まったところはいいいホテルらしいんだけど、なかなか寝れなかった…。
慣れてないからかな。バックパッカーズの10人部屋のほうがぐっすり寝れた気がする。

日本ももっとがんばらないと抜かれるぞーって思っている人が多いけど、とっくの昔に抜かれてるんだな~すでに手遅れって感じがする。

次の世代のために、いい大人にならないといけないな。
nice!(0)  コメント(0) 

フィンランドの小学生が作った議論のルール [日記]

リーダーのスターつけた記事を整理していたらこんなのが出てきた。

フィンランド小学生が作った議論のルール

1. 他人の発言をさえぎらない
2. 話すときは、だらだらとしゃべらない
3. 話すときに、怒ったり泣いたりしない
4. わからないことがあったら、すぐに質問する
5. 話を聞くときは、話している人の目を見る
6. 話を聞くときは、他のことをしない
7. 最後まで、きちんと話を聞く
8. 議論が台無しになるようなことを言わない
9. どのような意見であっても、間違いと決めつけない
10. 議論が終わったら、議論の内容の話はしない

うん。

できてない。

意識してみようと思います。
nice!(0)  コメント(0) 

出雲にきて3週間 [日記]

単身赴任で出雲に来て、約3週間が経過した。

その間、一度東京に戻ったが、出雲に来て地方と東京の差を肌で感じることができた。

やっぱり東京は良い所なのかもしれない。

仕事も普通の生活も地方には地方の良いところがあるけど、少なくとも今の仕事をするには東京の環境が必要。

田舎もんだけどいつの間にか東京のリズムが心地良くなっていたのかな。


話しは変わって、

震災から3ヶ月を経過して震災のことがだんだんと忘れられていっている気がする。

出雲にいると離れているからそんな話は全くでないしね。

でも被災地はまだまだ支援を必要としている。


地元の友達に何か欲しい物あるかって震災直後から何度か聞いていたんだけど、彼らはこんなことを言ってました。


震災直後は食べる物、着る物何でもいいから欲しいと。

3週間ぐらい経過した時、

ある友達は、

「物はいいから、やる気がほしい」

と。

そして、最近、なにか困っていることや必要なものある?って聞いたら、

「忘れないでほしい」

と言われました。

ボランティアや支援も減る中で先の見えない不安と忘れられてしまうのではないかという恐怖。

そして目の前には現実にあの光景が広がっている。

自分に出来ることを継続して何かしていくことが必要ですね。

下記は陸前高田市に支援に行った医療関係の方のブログです。

JKTS

日本だけじゃなく、NZもまた地震がきて、クライストチャーチの大聖堂はさらに倒壊しました。

世界がひとつになって乗り越えられることを祈ってます。
nice!(0)  コメント(0) 

震災から今までのいろんなこと [日記]

3月11日の東日本大震災からもう2ヶ月以上経過してるのですね。

物事はいつも計画通りには進まないものと思って生きているけど、ここまでいろいろなことがあるとさすがに疲れてちょっとダウンです。

11日の震災の4日後には次に行く会社の会長と初めての面談をして、その後すぐ大船渡へ。

戻ってきてから事業の計画の練り直しと物資を集めて再び大船渡へ。

そしてすぐにシンガポールに行き、再度事業プランを考えることに。

それから入社手続き、退職などなど体力的にも精神的にも不安定な時期が続いたのでちょっと限界だったのかも。

その他不動産の問題や何やらでめんどくさいことが多かった。これはまだ解決してないけどね。

ちなみにその浦和にあるD和不動産は立会も見積りもなしに敷金を持って行きました。
ので、ただいま交渉中。

場合によっては低額訴訟制度を使う予定です。

めんどくさいけどそういったところに漬け込む悪徳不動産業者は許せないんだよね〜

金額少ないからって泣き寝入りするような事はしないので。

これは金額の問題ではなく、会社として、人としてどうなのかという問題だしね。

ということで徹底的に戦います。


さて、後は残っているホームページを作成して出雲に行きますか。

おそらく29日か30日に行く予定です。

出雲にはあまり興味がないので、松江城、出雲大社、境港、鳥取砂丘、石見銀山、萩辺りを見たらすぐに海外に移ろうと思います。

それでは、明日は嫁の要望によりディズニーランドに行くかも?
nice!(0)  コメント(0) 

震災、二度目の帰省、そして転職。 [仕事]

もう一ヶ月前になりますが、二度目の帰省をしてきました。

相変わらず、ウチは平和でした。

震災から約二ヶ月が経過し、埼玉にいると余震もなく何事もなかったかのように思えます。

でもテレビでは毎日のように震災のニュースが流れていますが…、

そんなニュースに出てくる人達も、震災当時から比べるとかなり元気な顔をしていて、着ている服もよくなってきたので、徐々に復興に向けて動き出している気がします。

中にはまだまだ大変な地域もあると思うけど、少しずつ頑張って欲しいものです。

次は5月20日過ぎに行こうかな〜と考えていますが、仕事次第ですね。


そして、突然ですが、転職することにしました。

次の仕事は、海外でなんかします。

でもとりあえず、6月から出雲に行きます。

細かいことは何も決まっていないのでお伝えすることはできません。

僕にできることは、大船渡が復興してきたときに地元で働く場所を提供できるような企業を作ることかなと思ってます。

これは、震災があったからじゃなく大船渡で何かをしたいとは思ってたんだけど、今回のことでさらに思いが強くなった。

そうじゃないと僕も大船渡に帰れない…。

今は、働くところがなくて仕方なく離れてしまう人がたくさんいる。

でも、ただ津波がくる前の街のようにしたところで大船渡はもとには戻らない。

離れているからこそ、その先を考えて、津波がくる前の大船渡よりもさらに良い街にするために、今できる事をやろうと思います。

でも、今できる事も少しずつやっていきます。


そういえば、村瀬が北海道に帰ります。

GW中に飲もうと言ってたけど、時間を作れなくてごめん。

まぁ、最後に大船渡に一緒に行ったからいいよね?

住むとこがなくなったらいつでも来ていいよ、どこにいるかわからないけど。娘が10歳になるまではね。

再见。
nice!(0)  コメント(0) 

シンガポールから [日記]

久しぶりの海外なので、ブログを書いてみようと思います。

今日は、朝、6時くらいにシンガポールに到着しまして、Marina Bay Sandsに行きました。

Marina Bay Sands
CIMG1503.JPG

Marina Bay Sandsの模型
CIMG1506.JPG

ホテルや劇場、ショッピングモール、カジノがある世界でも最大規模の複合施設です。6時45分くらいにホテルに着いたのでやることといったらカジノしかない。ということで、久しぶりのカジノ。

ニュージーランド以来なので6年ぶりですかね。すっかりやり方を忘れました…。

なので、しばし見学。

限られた時間は約2時間。

ルーレットが好きなのでとりあえず70ドルをコインに変えてスタート。Min betは$5。手元のコインは14枚。少なっ!

しかし、それがいきなりの15枚Getですよ!

いきなり倍になったので余裕が出てきて調子にのってどんどんかけてたら…、これが意外と当たるんですよ。

でもそれも長い時間続くわけもなく、残るコインは12,3枚くらいになりました。

でも今日はこのままでは終わらない。

残り40分ぐらいで的中しました!だけど、小心なおれは$200でサクっと換金。

1万円弱の勝ちですね。これで滞在中の飯とホテル代は稼いだな。

それからMarina Bay Sandsの展望台?屋上に登ってシンガポール市内を上から見ました。この屋上がすごい。

高所恐怖症のため、ぎりぎりまで近づけません。。。
56階くらいまで上って行きました。
CIMG1508.JPG

ここはマラッカ海峡になるのかな?船が沢山です。ちょっと見た目汚いです。
CIMG1509.JPG

CIMG1513.JPG

CIMG1516.JPG

屋上にプールがあります。落ちそうな感じ…。ギリギリまで行けるみたいです。しかしプールに入れるのはMarina Bay Sandsに泊まっているお客様だけです。
CIMG1518.JPG

Marina Bay Sandsを見学後、僕らは自由行動となったため、まずはビジターセンターへ。
ニュージーランドと違いビジターセンターではバックパッカーズ等の安宿は案内してくれませんでした。しかもシンガポール人の英語わからん!

そこから歩いてシンガポール国立博物館へ。
シンガポールの歴史がよくわかります。日本語での自動音声案内もありますので、じっくり見ることができます。ちょっと通路がたくさんあり迷路みたいな作りになっているため分かりにくかったですね。でも博物館はホントに楽しい!

そこからMRTという地下鉄でクラーク・キー駅へ。

今いるバックパッカーズを見つけたのでチェックインしてチャイナタウンへ。

さすがに暑さで疲れたので、ここでシンガポールビールを一杯、二杯。涼んだところで寺院やモスクをまわって、時間が余っていたので明日行く予定だったセントーサ島へ。

ここは島全体がリゾート地で、家族やカップルでのんびり過ごすところなのでしょう。素敵なところでしたがビーチから沖に浮かぶ貨物船やタンカーが見えるのでかなりがっかりです。都心に無理やり作られたビーチリゾートという感じです。

しかし一つだけやったアトラクションがあります。

それはこれだ!
CIMG1541.JPG

そう、セグウェイ!
一度乗ってみたかったんだよねーまずはお姉さんと練習。前に、後ろに、右に、左にと3分くらい練習します。

そこから写真のようなコースを4、5周します。思っていたより簡単に乗れるのですが、ちょっと間違うと危ない乗り物かもしれません。でも楽しかったー!

5周のチケット買ったんだけど、飽きたので3周で終了!もっとコースにバラエティがあってもいいのかもね。

夕食の時間が迫っていたので1日目はこれで終了。

タクシーで向かおうとしたらタクシー乗り場は大渋滞。シンガポールはタクシーがなかなか捕まらないことで有名らいいのですがこんなに捕まらないとは思わなかった…。

実はタクシー会社が一番儲かるんじゃないの?!

絶対的にタクシー足りないよ。

日本のタクシー会社とか進出したらいいと思うけどね。日本と同じようなルールみたいだし。

ということで地下鉄で向かったのですが、最後に待っていました熱帯地方の洗礼。

そうです、スコールです!

地下鉄を出て目的地まで数百メートルのところで足止め。ものすごい雨とカミナリなので動くことができず遅刻しそうでしたよ。

スコールが降ったら少しは涼しくなったかな。あんまり変わってない気もするけど…。

ここでナツを育てるのは容易じゃないな。強い子になるかもしれないけど、絶対的にニュージーランドのほうがいい。もしシンガポールなら単身赴任だな。そこからすぐにニュージーランドに行けるようにするしかない。

では、今日は眠いので寝ます。

Good Night!
nice!(0)  コメント(0) 

救援物資 [東北大震災関連]

今回は救援物資として数百着の子供服おもちゃを大船渡に届けてきました。

私の調査では、被災した2歳以下の赤ちゃんは大船渡市だけでも100人以上いると思います。これは被災地の状況、出生者数などをみて考えたものですが、この100人の中には残念ながら亡くなった赤ちゃんも含まれます。

現地では電気や水道が通ってないところがあるので、仮に100人が5着ずつ衣類を必要としても、500着の衣類が必要です。肌着500着、パンツ500着、アウター500着、靴下500足…など。

これは大船渡市の2歳以下の赤ちゃんを想定したので、2歳以上の子供、そして他の地域を考えると赤ちゃんや子供用品はまだまだ必要だと思い今回集めて持って行きました。

今回はこれでよかったのかもしれません。

しかし、一週間後は状況が変わります。

今、このブログを見て子供用品が足りないんだと思ったときはすでに子供用品は十分に支給されているかもしれないのです。

わがままかもしれません。

でも、普通の生活をしている人はそれが当たり前でしょ?


nice!(0)  コメント(0) 

被災地の子供たちの未来を守るために [東北大震災関連]

この震災で、一番気になるのが子供たちのこと。

うちにも1歳半の娘がいるからかも知れないが、子供たちに明るい未来を抱いてもらいたいと心から想う。

時々、ツイッター(@takehirooikawa)でも書いているが、子供たちの生活環境やメンタルケア、そして今後の教育などは、被災地の復興で最も大事な部分だと思う。


東北、そして日本の未来を作るのは子供達だから。


震災孤児は数百人とも言われている。

もしこの子供達が東北には住みたくないと思ったら、ますます人がいなくなり、少子高齢化が進み、町自体成り立たなくなる。

私たちにできることは子供たちの未来を守ることだと思う。

満男みたいに大きなことはできないけれど、人にはそれぞれ役割があるはず。

まずは小さな1歩から、そしてそれを続けること。



急ですが、今週末、2度目の帰省をする予定です。

もし何か支援物資がある方、twitterやメールで連絡ください。

市役所では衣類は新品以外受け付けないということです。

でも、本当に困っている人はいるはずです。

だって自分の家が全て流されたら…。

特に必要な物資については弟のブログに掲載されていますのでこちらをご覧ください。
弟ブログ(JUNKEY-YOCCHIのBlog)


どうかよろしくお願いします。

避難者名簿 [東北大震災関連]

IBCのホームページに公開されている避難者名簿です。
最新記事から順番に確認されていくのがいいと思いますが、その他の方法としては、左の検索に名前を入力して検索できます。漢字、カタカナ、ひらがなをそれぞれ入力して検索してください。

※検索結果が表示されましたら、その記事のタイトルをクリックすると記事の全文が表示されます。

皆様のご家族、ご親戚、ご友人等がご無事でいることをお祈りいたします。

その他、めんこいテレビやテレビ岩手のホームページにも安否情報が公開されていますので、そちらも合わせてご利用下さい。
nice!(2)  コメント(0) 

市町村が識別できなかったもの13(2011-03-30更新) [東北大震災関連]

◆IBC安否情報より


かわなみちさと   ご夫婦で自宅へ
高橋明義

新渡戸トヨ   自宅
酒井宏
新渡戸将雄   自宅

※以下NTTの伝言メッセージ記録用紙より
村上学   平の団地にいます
村上エツコ   平の団地にいます
村上ツバサ   平の団地にいます
村上ミサキ   平の団地にいます
村上ニイヤ   平の団地にいます
大和田キワ ご家族   平の団地にいます
佐藤弘

nice!(0)  コメント(0) 

陸前高田市避難者名簿18(2011-03-30更新) [東北大震災関連]

◆IBC安否情報より

ムラカミチタコ (広田)

及川貞文
新沼養子

nice!(0)  コメント(0) 

大船渡市避難者名簿24(2011-03-30更新) [東北大震災関連]

◆IBC安否情報より

村上芳一   大船渡市立北小学校
村上真知子   大船渡市立北小学校

今川勝蔵 ご夫妻   大船渡市三陸町越喜来 龍昌寺へ避難
ヒラヤマトシヤ   盛小学校の先生

※以下NTTの伝言メッセージ記録用紙より
佐藤純子   大船渡中学校体育館
佐藤洋子   大船渡中学校体育館

nice!(0)  コメント(0) 

地震と津波 [東北大震災関連]

※3月25日まで避難者名簿を公開してきましたが、IBCの安否情報が26日、27日と更新されていないため、いつものブログに戻ります。

なお、IBCの安否情報が更新されましたら随時アップしていきますので、左の記事一覧より御覧ください。

ーーーーーーーーーーー

3月11日、新宿オフィスにいる時に地震が発生。

東京は震度5。


子供の頃、おじいちゃんが何度も津波の恐怖と残酷さについて話しをしてくれました。

津波がくるときは大船渡湾の底が見えるくらい水が引く、真っ黒な海が押し寄せてくる、津波は引き波が怖くてすべて海に持っていかれる、権現堂橋まで船が流されてくるんだ…などなど。


新宿のビルの揺れが大きくなってきた時、すぐに震源地を調べたところ震源地は三陸沖…。

関東でこの地震なら東北には津波がくる」と思ったと同時におじいちゃんの話してくれたことが頭の中を駆け巡り、最初の地震がまだおさまる前に、母親に電話をかけました。

でも全くつながらず、仙台の弟もダメ。

とにかく無事でいることを祈るだけでした。

ホントに長い週末でした。

幸いにも土日で家族みんなと連絡が取れ、無事を確認できましたが、今度は親戚や友達の安否が気になり、結局、あまり眠れないまま時間が過ぎていきました。

あーもう二度とこんな経験はしたくない。


それから1週間後、大船渡に行ってきました。

大船渡は想像以上にひどい状態でした。

言葉がありません。

なので、何も書きません。


一つだけ、現地の人の心の傷は相当なものだと思います。

特に子供のケアは最も大事だと思う。

私もボランティアを考えているが、お金や物資も大事だけど、メンタルケアをお願いします。

現地に3日間滞在しただけなのに、結構メンタルにきました…。


今、大船渡に帰ったら、普通に街があるんじゃないかと思ってしまいます。


最後にご心配をおかけしましてすいません。

ありがとうございました。

少しでも地元に貢献できるようにこれからがんばります!


マイヤのポテトが食べたい!


Hope for Japan

Hope for Iwate

Hope for Ohfunato
nice!(0)  コメント(0) 

市町村が識別できなかったもの12(2011-03-25更新) [東北大震災関連]

◆IBC安否情報より

佐々木コマツ    (宮城県南三陸町)盛岡親戚宅
佐々木ヨリ子   
佐々木登和   
佐々木紀和   
障害者支援施設「瑞雲荘」    (滝沢村大釜)利用者全員・出勤職員ともに無事
遠藤としのり    (遠野)自宅

※以下NTTの伝言メッセージ記録用紙より
吉田のり子
芳野かおる    長部長円寺
村上トヨ子    長部小学校
nice!(0)  コメント(0) 

陸前高田市避難者名簿17(2011-03-25更新) [東北大震災関連]

◆IBC安否情報より

戸羽昌子    (小友)

※以下NTTの伝言メッセージ記録用紙より)
高橋拓也    陸前高田市立第一中学校
野呂悦司(あつし)    (父母、知子家族無事)陸前高田市立第一中学校
金野良樹    (家族無事)
川谷(?)十朗    小友西の坊
須賀純子    (定さんも無事)小友西の坊
nice!(0)  コメント(0) 

大船渡市避難者名簿23(2011-03-25更新) [東北大震災関連]

◆IBC安否情報より

福田直美    栃内第二病院
福田ミナ    栃内第二病院
まつだかまさや   
ひらのともこ    (末崎町)
中野忠男    大船渡中学校
西舘勇雄    子供たちと大船渡中学校
小桧山仁美    (家族4人無事)大船渡中学校
熊谷秀喜    大船渡末崎三十刈公民館
伊藤和子    赤崎地区
アズマ ケンイチ    (三陸町)自宅
オオタ トシオ一家

※以下NTTの伝言メッセージ記録用紙より
平山静雄    大船渡合同庁舎
平山しょう子    大船渡合同庁舎
平山けい子    大船渡合同庁舎
佐々木キヌ    大船渡合同庁舎
熊谷ケエコ     (猪川町)大船渡合同庁舎
小松隆道    (赤崎地区)(家族全員無事)政見おじさん
下野モト子    大船渡中学校
中野和明    (家族無事)自宅近くの避難所
nice!(0)  コメント(0) 

市町村が識別できなかったもの11(2011-03-24更新) [東北大震災関連]

◆IBC安否情報より

澤本誠    北上市 県立中部病院
金央夫(キン ナカオ)
金つえ子
熊谷しめお・朝子    陸前高田市太田 娘宅に避難
nice!(0)  コメント(0) 

陸前高田市避難者名簿16(2011-03-24更新) [東北大震災関連]

◆IBC安否情報より

萩原祥希
佐藤のぶひろ    鳴石のかつみ宅に避難
佐藤かつみ    鳴石のかつみ宅に避難
佐藤健太    鳴石のかつみ宅に避難
熊谷幸喜
nice!(0)  コメント(0) 
前の30件 | -

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。